2026年7月9日(木)〜2026年9月24日(木)
芭蕉と『おくのほそ道』の旅 本文の構成は歌仙形式か
芭蕉は能因や西行の詩心を探り、奥州の歌枕(古人が歌を詠んだ名所旧蹟)を訪ね俳諧の新生を追究しました。旅立ち前の三月二十三日付けで岐阜の落梧に宛てた書簡に「みちのく、三越路之風流佳人もあれかしとのみに候」と念じつつ、俳諧文化を擁する地を訪れ、連衆の求めに応じて蕉風俳諧を披露しました。この旅に臨んで宗七に宛てた書簡に「去年のたびより魚類肴味口に払い捨て」て健康を損なうことも厭えて実行しました。身なりは一鉢境界乞食の身こそ尊いのだとして、徳の高い修行僧にあやかり薦被りの旅を覚悟していたのです。
人生は永遠の旅人であるとする理念は冒頭で述べる「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也(中略)行く春や鳥啼き魚の目は泪」の文に表れています。やがて終着の大垣に着くや「長月六日になれば、伊勢の遷宮おがまんと又舟にのりて、蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」と締めくくりますが「行く春」も「行く秋」も永遠の旅人であることを読者の脳裏に印象づけます。
さて『おくのほそ道』の構成については古くから歌仙に例えられています。それは連句(三十六句形式の連句)の興行に準じるとするものです。初折(表六句)を「序章」から「黒羽」までとし、日常の世界を展開します。初折り裏(裏面十二句)を「雲岩寺」から「松島」までとし、神祇・釈教・恋・無常すべての事象に目を向けます。以下名残の表(十二句)は「瑞巌寺」から「象潟」を宛て、名残の(裏六句)は「越後路」から「大垣」までとします。しかし、この規範に目を向けると無理のあることに気付きます。では蕉風俳諧の新生の苦難の旅をこの紀行文にどのように配列したのでしょうか。この連句形式を念頭にその方法を考えてみます。また一人徒歩で辿った体験を交えて各章を読み進めます。
- 開催日
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- 場所
- 千代田区
- 主催者
- 東京都立大学オープンユニバーシティ
- 定員数
- 15名
- 費用
- 15100円
- 申込期日
- 問い合わせ
- 03-3288-1050平日9:00~17:30
- 対象世代
- 現役世代
- 学習レベル
- 関連する資格、職業等


